表題はスピッツ「花泥棒」より。
さんえいち(戒)で御馴染み、花泥棒(社畜)がGWに結婚されました。おめでとうございます。
さんえいちから愛の巣への旅立ちは、昨年のえこな(うんこ)に続き2年連続2回目。そんなわけで不肖いわしも電車を乗り継ぎはるばる津軽へ。
前日夜に弘前入りし、同じく北海道からやってきたコテツ(偽道産子)と合流。その晩はコテツとのんびり飲むことに。弘前駅付近は人影もまばら、表通りの歩道でキャッチボールが出来そうな閑散ぶり。てっきり桜祭りでごった返していると思っていたので出鼻をくじかれる。
ところが居酒屋を訪ねるとどこも満席。どこから人が湧き出ているのか不思議なぐらいの満席。駅近辺をぐるりと一周し、大きめの居酒屋を6、7件回ったがどこも最低30分待ちだという。弘前市民は日常的にネズミーランドみたいな地下通路を移動しているのかな? あるいはフック星人に侵略されているのかな? 謎は解けぬまま結局最初に訪れた居酒屋で席が空くのを待つことに。ほどなくカウンター席に通され、酒を飲みながら近況を語り合った。どう考えても明日があるのに飲みすぎた。不覚。
翌朝は結婚式には生憎の空模様。雨雲がいまにも雨を降らせそうなお天気。駅前のホテルを出て、会場のホテルへ向かう私とコテツ。
自信満々で先導して歩き出すコテツだが、どうも通りの先の風景がぁゃιぃ…。結婚式やるようなホテルがある空気じゃない。改めて地図を見直すと150度くらいベクトル違った。コテツおちゃめさん。
正しい道を進むも、目的のホテルが見えるまでは疑心暗鬼。全然そういうホテルがありそうな通りじゃない。あってたけど。二人じゃなかったらたぶんタクシーの世話になっていたことだろう。弘前怖い。
ホテルのカウンターに荷物を預け、式会場の4階へ。いきなりウエディングドレスの花嫁とすれ違う。…いいの? その後新郎の花泥棒もにこやかに登場。…いいの?
待合室でのんびりしているとえこな登場。スーツがきつくなっちゃってハハハ、などと我々独身連中に夫の貫禄を見せ付ける。内臓脂肪に健康害されろ。それから間もなく番長(雨乞い)登場。相変わらず最初の1分くらいは人見知る。なんなの。
ちなみに私は披露宴で新郎の友人代表スピーチを任されていたので、このときは緊張の渦中にいた。結婚式に参加する親族の次くらいには緊張していたと思う。なので記憶が曖昧。えこなと番長の登場の順番とか間違っているかもしれない。
花泥棒の愛の力なのか、結婚式の直前には降水確率70%の空が晴れ渡り、雲間から光が差すほどに天候が回復。
教会を模した結婚式会場で牧師様と親族友人に祝福され、結婚式は滞りなく進んだ。えこなのときもそうだったが、何故か結婚の宣誓は涙腺が緩む。誓いますか、誓います、の単純なやりとりなんだけど、やっぱりそこで発せられる言葉にはいつもとは違った力と重みがある。下唇を噛んで我慢する。
結婚式が終了し待つことたっぷり1時間、いよいよ披露宴開始。津軽三味線の勇壮な演奏に乗せて、番傘を差した花泥棒と花嫁が和風の結婚姿で登場。非常に格好良かった。実に様になっていた。
そのまま後はお決まりのパターン。新郎新婦の職場の方が祝辞を述べ、祝杯があり(祝杯の音頭をとった花泥棒の職場の先輩が面白かった)、お色直しがあった。私のスピーチはケーキ入刀の直後である。もうここまでくると早く済ませてしまいたかった。新郎新婦の様子も料理も酒も上の空になってしまう。
ようやくケーキ入刀になり、切ったケーキを御互いに食べさせあうイベントが始まった。花泥棒が最初に花嫁に食べさせるぶんを切ったが、どう見てもでかかった。普通の1カットのケーキだった。どっこい嫁さんが至極当然といった様相でそれをちゃんと一口で食べた。すごい。対して嫁さんが花泥棒にカットしたぶんは圧倒的にでかすぎた。ハンドボールぐらいの大きさがあった。結果、花泥棒はスイカにかぶりつく志村けんみたいになった。面白かった。
何か、その姿を見ていたら緊張が解けた。ああ、いいや。楽しんでこよう。という気持ちになれた。
司会からスピーチを促され、お立ち台に行き、考えた原稿のまま、思ったことといまの気持ちを素直に述べてきた。気が付いたら記念の写真を撮って、席に戻っていた。
もしこの先、結婚式で友人代表のスピーチをする人が居るとしたら最大のアドバイスがある。それは新郎新婦に言いたいことを言えば良いということだ。会場の人たちを気にする必要はない、どうせ友人スピーチの頃には酒が入っているのでろくすっぽ聞いていない。親しい新郎や新婦に言いたいことを、彼らに向かって言ってくれば良い。それならそんなに緊張はせずに済む。もちろんポーズで会場の方を向く必要はあるが、向いてみれば特に自分が注目されていないことを再認識できるのでかえって落ち着く。
結果的には満足の行くスピーチではなかったが(長すぎるかと思って結構削ってしまった)、でもまあ悪くないものではあったと思う。少なくとも流れを壊さない程度に参加はできた。モブには充分な功績であろう。
余興が始まり親族や職場の方からの歌のプレゼント(民謡と演歌中心。最初の民謡がプロ級だった。親族・職場の方など5、6人は歌ったと思う。こんなに歌う披露宴は始めて見た)が行なわれ、その後のキャンドルサービスなどは気持ちにも余裕を持って楽しむことができた。嫁さんはお色直しを楽しんでいるようだったし、花泥棒は終始緊張している様子はあったものの高校大学の友達と合えることには素直に喜んでいるようだった。あまり感情的にならずにこやかに大舞台を俯瞰で眺めている佇まいは頼もしかった。
花束贈呈で花嫁が家族に宛てた手紙を読んだときはやはり涙腺が緩んだ。花嫁さんはかなり芯のしっかりした人らしく、最後まで涙声になることはなくきちんと感謝と喜びの気持ちを、ときに流暢な(?)津軽弁も交えながら読み終えた。花嫁さんがこういう場でちょっとしたユーモアを交えながら手紙を読むのは珍しいと思う。さすが花泥棒と添い遂げる人はちょっと違う。感心した。
披露宴は盛大に幕を閉じ、友人同士で二次会へ移った。
高校時代の友人であるさんえいちと、花泥棒の大学時代の友人は面識がなかったものの、社交性溢れる才気煥発のえこな(勝ち組)が中心となって親交の輪を広げていった。「大学時代に比べて血色が良い。顔もむくんでない」、「部屋のインテリアや構成はオシャレなのに汚い、片付いていない」など、彼らの語る花泥棒像は面白かった。
ずいぶん遅れて花泥棒たちが二次会に到着した後、早速大学時代に慣らしたであろう破滅的な酒の飲み方の片鱗を見させてもらった。あれは顔もむくむ。土気色にもなる。親族を見送って疲れが出たのか、花の目が据わっているのが印象的だった。お疲れ様です。
そのまま仲の良い友人が集まって三次会へ行き、夜遅くまで飲んで解散した。かなりへべれけていたのでいろいろ失礼をした気もするが、花泥棒の友人たちはやはり花泥棒と波長が合うらしく、私との波長も合った。えこなのときも思ったが、もう少し親しく話せる機会があればなあと別れを惜しみながら解散した。
最後に見たとき、花泥棒はラーメン屋か何かのカウンターで肩を落としていた。それが安堵から来るものなのか、疲れから来るものなのか、これからを見据えたときに自然とそうなってしまったのか…。それは彼にしか解らない。泥酔していたので彼にもたぶん解らないはずだ。むしろ覚えておるまい。
だがそれで良いのだ。きっと。結婚はビッグイベントだが節目のひとつでしかない。もちろん気軽に合うことは難しくなっていくのだろうが、我々の関係が何か変調をきたすわけではない。
花泥棒が披露宴で流したムービーのラストの文字と一緒だ。
これからも、「つづく」。
ありがとう花泥棒。末永くお幸せに。
さんえいち(戒)で御馴染み、花泥棒(社畜)がGWに結婚されました。おめでとうございます。
さんえいちから愛の巣への旅立ちは、昨年のえこな(うんこ)に続き2年連続2回目。そんなわけで不肖いわしも電車を乗り継ぎはるばる津軽へ。
前日夜に弘前入りし、同じく北海道からやってきたコテツ(偽道産子)と合流。その晩はコテツとのんびり飲むことに。弘前駅付近は人影もまばら、表通りの歩道でキャッチボールが出来そうな閑散ぶり。てっきり桜祭りでごった返していると思っていたので出鼻をくじかれる。
ところが居酒屋を訪ねるとどこも満席。どこから人が湧き出ているのか不思議なぐらいの満席。駅近辺をぐるりと一周し、大きめの居酒屋を6、7件回ったがどこも最低30分待ちだという。弘前市民は日常的にネズミーランドみたいな地下通路を移動しているのかな? あるいはフック星人に侵略されているのかな? 謎は解けぬまま結局最初に訪れた居酒屋で席が空くのを待つことに。ほどなくカウンター席に通され、酒を飲みながら近況を語り合った。どう考えても明日があるのに飲みすぎた。不覚。
翌朝は結婚式には生憎の空模様。雨雲がいまにも雨を降らせそうなお天気。駅前のホテルを出て、会場のホテルへ向かう私とコテツ。
自信満々で先導して歩き出すコテツだが、どうも通りの先の風景がぁゃιぃ…。結婚式やるようなホテルがある空気じゃない。改めて地図を見直すと150度くらいベクトル違った。コテツおちゃめさん。
正しい道を進むも、目的のホテルが見えるまでは疑心暗鬼。全然そういうホテルがありそうな通りじゃない。あってたけど。二人じゃなかったらたぶんタクシーの世話になっていたことだろう。弘前怖い。
ホテルのカウンターに荷物を預け、式会場の4階へ。いきなりウエディングドレスの花嫁とすれ違う。…いいの? その後新郎の花泥棒もにこやかに登場。…いいの?
待合室でのんびりしているとえこな登場。スーツがきつくなっちゃってハハハ、などと我々独身連中に夫の貫禄を見せ付ける。内臓脂肪に健康害されろ。それから間もなく番長(雨乞い)登場。相変わらず最初の1分くらいは人見知る。なんなの。
ちなみに私は披露宴で新郎の友人代表スピーチを任されていたので、このときは緊張の渦中にいた。結婚式に参加する親族の次くらいには緊張していたと思う。なので記憶が曖昧。えこなと番長の登場の順番とか間違っているかもしれない。
花泥棒の愛の力なのか、結婚式の直前には降水確率70%の空が晴れ渡り、雲間から光が差すほどに天候が回復。
教会を模した結婚式会場で牧師様と親族友人に祝福され、結婚式は滞りなく進んだ。えこなのときもそうだったが、何故か結婚の宣誓は涙腺が緩む。誓いますか、誓います、の単純なやりとりなんだけど、やっぱりそこで発せられる言葉にはいつもとは違った力と重みがある。下唇を噛んで我慢する。
結婚式が終了し待つことたっぷり1時間、いよいよ披露宴開始。津軽三味線の勇壮な演奏に乗せて、番傘を差した花泥棒と花嫁が和風の結婚姿で登場。非常に格好良かった。実に様になっていた。
そのまま後はお決まりのパターン。新郎新婦の職場の方が祝辞を述べ、祝杯があり(祝杯の音頭をとった花泥棒の職場の先輩が面白かった)、お色直しがあった。私のスピーチはケーキ入刀の直後である。もうここまでくると早く済ませてしまいたかった。新郎新婦の様子も料理も酒も上の空になってしまう。
ようやくケーキ入刀になり、切ったケーキを御互いに食べさせあうイベントが始まった。花泥棒が最初に花嫁に食べさせるぶんを切ったが、どう見てもでかかった。普通の1カットのケーキだった。どっこい嫁さんが至極当然といった様相でそれをちゃんと一口で食べた。すごい。対して嫁さんが花泥棒にカットしたぶんは圧倒的にでかすぎた。ハンドボールぐらいの大きさがあった。結果、花泥棒はスイカにかぶりつく志村けんみたいになった。面白かった。
何か、その姿を見ていたら緊張が解けた。ああ、いいや。楽しんでこよう。という気持ちになれた。
司会からスピーチを促され、お立ち台に行き、考えた原稿のまま、思ったことといまの気持ちを素直に述べてきた。気が付いたら記念の写真を撮って、席に戻っていた。
もしこの先、結婚式で友人代表のスピーチをする人が居るとしたら最大のアドバイスがある。それは新郎新婦に言いたいことを言えば良いということだ。会場の人たちを気にする必要はない、どうせ友人スピーチの頃には酒が入っているのでろくすっぽ聞いていない。親しい新郎や新婦に言いたいことを、彼らに向かって言ってくれば良い。それならそんなに緊張はせずに済む。もちろんポーズで会場の方を向く必要はあるが、向いてみれば特に自分が注目されていないことを再認識できるのでかえって落ち着く。
結果的には満足の行くスピーチではなかったが(長すぎるかと思って結構削ってしまった)、でもまあ悪くないものではあったと思う。少なくとも流れを壊さない程度に参加はできた。モブには充分な功績であろう。
余興が始まり親族や職場の方からの歌のプレゼント(民謡と演歌中心。最初の民謡がプロ級だった。親族・職場の方など5、6人は歌ったと思う。こんなに歌う披露宴は始めて見た)が行なわれ、その後のキャンドルサービスなどは気持ちにも余裕を持って楽しむことができた。嫁さんはお色直しを楽しんでいるようだったし、花泥棒は終始緊張している様子はあったものの高校大学の友達と合えることには素直に喜んでいるようだった。あまり感情的にならずにこやかに大舞台を俯瞰で眺めている佇まいは頼もしかった。
花束贈呈で花嫁が家族に宛てた手紙を読んだときはやはり涙腺が緩んだ。花嫁さんはかなり芯のしっかりした人らしく、最後まで涙声になることはなくきちんと感謝と喜びの気持ちを、ときに流暢な(?)津軽弁も交えながら読み終えた。花嫁さんがこういう場でちょっとしたユーモアを交えながら手紙を読むのは珍しいと思う。さすが花泥棒と添い遂げる人はちょっと違う。感心した。
披露宴は盛大に幕を閉じ、友人同士で二次会へ移った。
高校時代の友人であるさんえいちと、花泥棒の大学時代の友人は面識がなかったものの、社交性溢れる才気煥発のえこな(勝ち組)が中心となって親交の輪を広げていった。「大学時代に比べて血色が良い。顔もむくんでない」、「部屋のインテリアや構成はオシャレなのに汚い、片付いていない」など、彼らの語る花泥棒像は面白かった。
ずいぶん遅れて花泥棒たちが二次会に到着した後、早速大学時代に慣らしたであろう破滅的な酒の飲み方の片鱗を見させてもらった。あれは顔もむくむ。土気色にもなる。親族を見送って疲れが出たのか、花の目が据わっているのが印象的だった。お疲れ様です。
そのまま仲の良い友人が集まって三次会へ行き、夜遅くまで飲んで解散した。かなりへべれけていたのでいろいろ失礼をした気もするが、花泥棒の友人たちはやはり花泥棒と波長が合うらしく、私との波長も合った。えこなのときも思ったが、もう少し親しく話せる機会があればなあと別れを惜しみながら解散した。
最後に見たとき、花泥棒はラーメン屋か何かのカウンターで肩を落としていた。それが安堵から来るものなのか、疲れから来るものなのか、これからを見据えたときに自然とそうなってしまったのか…。それは彼にしか解らない。泥酔していたので彼にもたぶん解らないはずだ。むしろ覚えておるまい。
だがそれで良いのだ。きっと。結婚はビッグイベントだが節目のひとつでしかない。もちろん気軽に合うことは難しくなっていくのだろうが、我々の関係が何か変調をきたすわけではない。
花泥棒が披露宴で流したムービーのラストの文字と一緒だ。
これからも、「つづく」。
ありがとう花泥棒。末永くお幸せに。


